KANDA NOSTALGIA  消えゆく看板建築

2021年 10月04日
  栄屋ミルクホールに大行列
 先週、近くに用ができたので神田を訪ねる。毎日通っていた神田から撤退してから2ヶ月しか経過していないのに、なぜか神田の街並みが新鮮に感じられる。
 午前10時半頃、多町大通りを通りかかると「栄屋ミルクホール」の前に長蛇の列。かなり早い時間から店を開けていた様子。道行く人はスマホのカメラを構え、写真を撮っていく。何だろう。

ミルクホール」という暖簾がかかっていて、コカコーラのロゴ入りの看板に「喫茶」と書いてはあるが、ここはれっきとしたラーメン屋さん。終戦直後創業の老舗で当時からの、銅板を貼ったレトロな看板建築の外観がひときわ目を引く。この古びた佇まい、存在感が76年という店の歴史を物語る。全国的にも知名度が高いようである。店内も奥行きがあり広いが、やはりレトロ。
 ここのラーメンは普通の関東風醤油ラーメンで、素朴な感じのする昔ながらのさっぱり味。ていねいに作ってあり、麺もスープもかなりの美味。筆者はここのラーメンが好きで、夏にはボリュームのある「冷やし中華」なども注文する。
 ただ誠に失礼ながら、店の風格や知名度があっても、このシンプルなラーメンを求めて大行列ができるとはとても信じられない。これまでも見たことがない。

 店に近づいてみると、店頭に「閉店のお知らせ」の張り紙があった。10月8日を最後に閉店するという。張り紙を見た人がSNSで発信したのであろう。行列は、店がなくなることで名残りを惜しむ人の群れであった。行列好きは我が国の国民性。この行列は10月8日まで続くものと思われる。

 大金をかけて豪華な店舗を造り、宣伝力を駆使しても一向に流行らない店があることを思えば、地味ながら76年間店を維持してきて、盛況裡に閉店できることは幸せであろう。店は常連客が多く、顧客に支持されていた。

須田町一丁目の看板建築も
「栄屋ミルクホール」の写真を撮り後ろに振り返ると、4月に当欄で取り上げた須田町一丁目看板建築群が見えるが、ここにも異変が。
 軒を連ねていた看板建築のうち、「ヤマニ裏地店」と「神田宝仙堂」(元薬局?)の大きな2建物が既に壊されていた。いろいろ事情があるのであろう。時の流れで街はどんどん変わっていく。

 神田多町、須田町一丁目界隈は、現在大型マンション建設ラッシュ。JR神田駅と東京メトロ淡路町駅の中間にあり交通アクセスがとても良いところ。ただ「職住近接」で買われてきた都心のマンションだが、コロナ禍を機に在宅勤務(リモート化)が進むと今後はどうなっていくか予断を許さない。
 
 残った看板建築の住人、美容院経営のご主人が出てきたので、少し立ち話。最近「おたくも壊すのですか」と聞いてくる人が多いと苦笑い。こちらはすぐに壊す気はないようである。
 諸行は無常である。形のあるものはいつか壊れる。嘆いてみても時代は元に戻らない。諦観をもって割り切るしかない。
 頭では分かっていても、慣れ親しんだ街の情景が急速に変わっていくことに一抹の寂しさと大きな喪失感を覚える。

銅板貼りの看板建築
 栄屋ミルクホールの壁には銅板が貼られており、経年で緑青(ろくしょう)に変化している。神社仏閣では屋根に使われる銅板が、関東大震災後に建てられた多くの看板建築の壁に貼られたのはなぜだろうか。
 いくつかの文献をみてみたが、一つは銅の耐火性を取り入れた木造建築の防火対策だと思われる。他は意匠的なものではないか。当時他の木造建築に比しひときわ豪華に見えたことであろう。

 戦前の看板建築で主流であった銅板貼り建物は、戦後にはそれほど流行っていない。コンクリートに砂を混ぜた建材のモルタルを壁に塗る工法が定着したことによるものと思われる。モルタル工法は、銅板貼りより耐火性能があり、壁に塗ることによりシームレスな美しい仕上げができる。モルタル工法に押されて銅板貼り建物が廃れていったのは無理からぬことである。
 神田多町あたりにある、いくつかの銅板貼りの看板建築は、起伏のない銅板の形状から終戦直後のものだと思われるが、それだけに希少であり貴重である。

多町大通り沿い、ニューセントラルホテル近く 現役の豆腐屋さん

レベルの高い戦前の銅板貼り看板建築
 4月に当欄で看板建築のことを書いたら、須田町二丁目(柳原通り)の「海老原商店」や神保町の「矢口書店」等読者からいろいろな情報をいただいた。読者からの情報で、戦前の看板建築のデータが得られたことはとても嬉しい。
上総屋(かづさや)展示室 日本橋小網町にあった昭和初期の看板建築のデータ
写真をクリックするとWEBサイトに飛びます。

 戦前は板金職人もたくさんいて、銅板でもいろいろな紋様のものが作られたようである。下は上総屋のご主人のコレクションであるが、着物の「江戸小紋」風で、とても興味深い。
銅板の紋様
 
                                                                                                                                              

 

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