日本橋散歩 春の訪れで色づく日本橋界隈 「熈代勝覧」が見せる江戸の活気

2021年 03月03日
オカメザクラ満開 
 3日前の日曜日(2月28日)、寒さが緩み日差しが強くなってきたので日本橋に「」を見に行くことにした。神田と日本橋は隣接しており、三越本店がある日本橋の中心部もフォーラムミカサ エコから意外に近い。日本橋界隈は筆者の普段の散歩コースに入っている。
 江戸の昔から神田と日本橋は神田堀(竜閑川)で分けられた。戦後竜閑川はGHQの指示で埋められたが、現在でも狭い竜閑川跡の道路が神田のある千代田区と日本橋の中央区との区界である。
 日本橋界隈には早咲きの河津桜も少しあるが、この時期のお目当ては同じく早咲きの可憐なピンク色の花をつける「オカメザクラ」である。
 オカメザクラはイギリス人の桜研究家が「カンヒザクラ」と「マメザクラ」を交配して作ったといわれる。名前の由来は、昔からある女性仮面の「おかめ」ということであるが、どうもピンとこない。この花がどうして日本橋の裏道に多く植えられたかも分からない。
 竜閑川跡の道路から中央通りに出ると本銀(ほんしろがね)通りのオカメザクラが見える。本銀通りから日本橋の裏通りである通称「アジサイ通り」に入ると、日本橋川に達する約600メートルには道路の両側にオカメザクラが植えられている。現在満開で実に壮観、春の訪れである。この2日間の強風で少し散ったかもしれない。

200年前の日本橋が克明に描かれた絵巻物「熈代勝覧」
 アジサイ通りを途中から右に曲がり福徳神社を過ぎると中央通り沿いの日本橋三越本店がすぐ目に入る。
 ここの真下の地下、東京メトロ「三越前駅」のコンコース階の通路の壁面には、江戸時代の日本橋地区の問屋や行き交う人々の姿を描いた絵巻物の複製が設置されている。この絵巻物は「熈代勝覧(きだいしょうらん)」という。文字の意味は「熈(かがや)ける御代の勝(すぐ)れたる景観」だそうである。


 この絵巻物は1995年にベルリンの大学教授が親戚宅で発見し、ベルリン美術館に寄託し「中国美術」として保管されていたが、1999年に日本の作品であることが判明。日本人が鑑定すればすぐ分かる。ただ現在のところ作者は不明のようである。
 絵巻物は時代考証で文化2年(1805年)の作とされており、絵巻には「熈代勝覧 天」と記載されている。そのため「天地」の2巻、「天地人」の3巻の可能性もあるといわれているが、現在のところ他の巻は見つかっていない。文化3年(1806年)には江戸に大火(丙寅の大火があり、日本橋付近の建物はほとんど焼失したと云われているのでその後の絵巻は作成されていないかもしれない。
 「江戸開府400年」当時、絵巻物は江戸東京博物館で展示されたが、「日本橋」保存会及び日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会によって1.4倍サイズの複製が制作され、2009年11月30日から解説付きで現在の場所に設置されたという。歴史的に貴重なものであり興味をそそられるが、通路に置かれているため立ち止まってじっくり見ている人は少ない。
 筆者も一度は時間をかけてじっくり見てみたいと思っていたが、叶わなかった。ところが10年以上も前にカメラを平行移動して絵巻物を撮った画像を繋げてYouTube動画にして公開している方がいることを最近知った。プロの写真家のようだが、凄いことをやってのける人がいるものである。バックグランドの音楽も素晴らしい。閲覧は全画面表示がお薦めである。
 熈代勝覧には優れた解説本があり、筆者も7,8年前購入したが、ざーっと見ただけで、じっくり読む時間がとれず、正直「積読(つんどく)」となっている。
 それでもいまの時代と比べていくつか印象に残っているものがある。
 左上は寺小屋入門の親子の絵だという。腰が引ける子の手を引いて無理やり連れていくように見える。いつの時代も子の将来を案じる親の性がある。当時寺小屋通いは大流行で、机持参が慣わしだったそうである。
 右上は「江戸患い」の人の車イス姿。農村は飢饉でも江戸では侍が禄米を金に替えるため市中には大量の米が出まわっていたという。白米を食べるのは江戸っ子の自慢で、そのためビタミンB1が不足して脚気になる人が多く、脚気は「江戸患い」と云われたそうである。
 興味深いのは、車椅子の人がスキーのストックのように、棒を使って移動する様である。今の車イスは後ろから人に押してもらうタイプが多いが、当時は自力走行。患っていても積極的に社会に出ていく姿勢が粋である。
 熈代勝覧は竜閑川に架かる今川橋から日本橋川の日本橋付近までの風景が描かれた絵巻であるが、日本橋を渡った先に幕府が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)が書かれた高札場(こうさつば)が描かれている。
 展示されている絵巻の高札にはミミズが這ったような線のようなものが描かれており、文字には見えなかったが、解説本に載っている拡大した絵をみると、きちんとした文字が書かれている。米粒にも文字が書ける日本人ならの凄技である。
 書かれている内容がまた面白い。親子兄弟夫婦親類は仲良くすべし。下人等にまであわれむべし。博打の類一切禁制。江戸の一般的道徳以外にも、切りしたん宗門は累年御制禁で、ばてれん人を見つけて訴えた人には御ほうびとして銀貨500枚を与える等も書かれている。熈代勝覧の解説本は、じっくり読めばけっこうやみつきになる。

「活気にあふれた江戸の町 熈代勝覧の日本橋 小澤弘・小林忠著」を参照しました。

  |  

過去の記事