戦前の片影
焼け残った街
第二次世界大戦末期の昭和19年(1944年)11月以降、東京は106回の米軍の空襲を受けています。その中でも昭和20年(1945年)3月10日の夜間、突然東京の都市部や下町を襲った大型爆撃機(B-29)による無差別爆撃は凄惨を極めたものでした。一夜にして死者が10万人以上、罹災者が100万人以上に及んだといわれる大空襲です。
あまり書きたくはありませんが、人類史に残る非道・愚挙といってもよいと思います。標的を外さないように超低空飛行で爆撃が行われ、日本の木造建物を念頭に置き、被害が拡大するように広範囲に焼き尽くすナパーム弾(油脂焼夷弾)が落とされています。

B-29による焼夷弾投下 ウィキペディアより
フォーラムミカサ エコのある神田地区も大方焼け野原となりました。しかし駿河台や一橋近辺のように連合軍の活動拠点にするため爆撃目標から外された地区もあります。また、たまたま焼夷弾が落ちず焼け残った地区もあります。神田警察通りより北側の神田駅北口付近、神田鍛冶町・多町二丁目・司町二丁目の一部です。

白い部分が焼け残り地区
東京大空襲・戦災資料センターの公開地図
AKIBA SCOPEより引用
多町二丁目付近には戦前の建物が数多く残りましたが、時の経過とともに建て替えが進み「戦前」が少しずつ消えていっています。
戦前の建物が残った昭和44年4月の一八通り(神田多町) 正面の高架は国鉄線(中央線・山手線)
加藤嶺夫写真全集 昭和の東京3 千代田区 より
ほぼ同じ地点から撮った現在の一八通り

一八稲荷神社の国威宣揚碑
焼け残った神田多町には江戸の初期から町の守護神であった一八(いっぱち)稲荷神社があります。千代田小学校の門の前の通りから見ると、道路に背を向けているようにひっそり建っている路地裏の目立たない神社です。戦前は新銀稲荷神社と呼ばれていたようですが、このあたりで一と八の日に縁日が開かれたことから、現在は一八稲荷と云われ、上の写真のように通りの名前にもなっています。
神社は戦後木造からコンクリート造りに建て替えられたようですが、神社横の掲示板には、この神社のおかげで東京大空襲のときでも地元の多町が焼失を免れた旨が書かれています。

とても気になるのはこの神社にある「国威宣揚」の碑。側面に「皇紀二千六百年記念」という文字が刻まれています。
神武天皇が即位されたと云われる年から2600年目にあたるこの年(昭和15年、1940年)は、奉祝の機運で日本全体がいわば興奮状態にありました。奈良の橿原神宮が大がかりに改装され、宮崎県に「八紘一宇」の塔ができた年です。この年に戦闘機として採用された「ゼロ戦」も2600年の末尾の数字から名付けられたことで有名です。
この碑には今日の感覚や価値観で評するが躊躇われる重々しさが漂います。GHQのいわゆる神道指令後に取り壊されなかったのは目立たない場所に建っていたからかも知れません。
嗚呼 林商店
靖国通りの小川町交差点と淡路町交差点の間の脇道を入ったところの角に「林商店」という店があります。現在はタバコ屋のように見えますが、かつては「コクヨ事務用品」というブリキの広告板が掲げられ、ボールペン等の文具、ネクタイ等の洋品、切手・印紙まで売っていました。通りの名物のような雑貨屋さんです。

この林商店の建物が4月1日より解体工事に入り、駐車場を含めた跡地に11階建てのビルが建つという標識が出ていました。
建物の外装のモルタルから見て昭和30年代に建てられたのかと思い、店のご主人(女性)に尋ねると、関東大震災後の昭和2年(1927年)くらいにできた建物だそうです。後に外装はリニューアルされているようですが、なんと一八稲荷神社の国威宣揚碑よりも10年以上も古い建造物です。大空襲時、近くに焼夷弾は落ちましたが、風向きで奇蹟的に延焼に至らなかったといいます。

林商店の建物の側面にはH形鋼の柱が立てられ、この柱によって建物が支えられています。このようなものをここ以外で見たことがありません。90年くらい経過した建物ですが、この建物を維持しようとしてきたオーナーの並々ならぬ強い意志を感じます。
建物の横の駐車場の裏には、林商店が設けたかなり広い喫煙所があります。健康増進法の施行以来建物全体が禁煙となったビルが多くなり、行き場を失った喫煙者が押しかけてきます。タバコを販売する以上喫煙場所に責任を持つ粋な計らいです。
林商店が壊されることに喫煙者ならずとも惜しむ人は多いと思います。「戦前」がまた一つ消えていきます。
<追記> 3月19日
ネットで画像を検索してみると、「ぼくの近代建築コレクション」というサイトに、バブル経済末期、1989年(平成元年)11月12日の林商店の写真がありました。26年前の写真です。
http://blog.goo.ne.jp/ryuw-1/c/eb80a4853d9d3b98383b9f309f6fd693/1
林商店の隣の現在駐車場となっているところに「喫茶店ein」「日装株式会社」の二つの木造建物があったようです。H形鋼の柱が立ったのは両建物が壊された後だと思われます。