足元を見てごらん 古い街路樹伐採考
街路樹伐採論議
今年は11月に東京に初雪が降り、いつもの年より早く冬がやってきた感があります。会場近くの神田警察通りのイチョウの木の落葉も例年に比べかなり進んでいます。
12月14日撮影
去る日曜日(4日)に、前回の当ブログを見たという方から「いま『噂の東京マガジン』というTBSのテレビ番組で、神田警察通りのイチョウを伐採する問題をやっているよ」という電話を頂戴しました。すぐにテレビを点け会場スタッフとともに途中から番組を観ました。
「噂の現場」というコーナーで東京オリンピックに向けての道路工事のために千代田区の街路樹を伐採するという問題を扱っていました。「神田警察通り」以外に「白山通り」や御茶ノ水の「明大通り」の街路樹にも千代田区の伐採計画があるようです。
一橋付近神田警察通りのイチョウの大木群については、7月下旬にイチョウの枝が切り落とされるのを見た人のクレームによって伐採が中止され、現在「宙ぶらりん」状態とのこと。
番組の構成やコメンテーターの大方の意見は街路樹伐採に批判的。ネットでいろいろ調べてみると多くのメディアも同じ論調。
「千代田区の街路樹を守る会」という団体も組織され、伐採計画の見直しを求めてネットで伐採反対の署名を集めているようです。
番組では「街路樹を伐採するような国に外国人観光客は来ない」という外国人の恫喝まがいの発言まで紹介されていました。
うーん、忌憚のないところを申し上げれば、これは「伐採反対側=善、伐採側=悪」というメディアの印象操作からくる集団ヒステリーではないかという感を持ちました。
筆者は一般的には樹木伐採等の環境破壊に賛成というわけではありません。また筆者自身が神田ファンのため多くの人々の伝統的な風景を愛する気持ちも理解できます。ただ伐採計画の背景にある事情をきちんと吟味しないで、抽象的な「環境保護」というイメージや「思い出を消さないでという感情」的側面を前面に出して、異論を封じ込めようという雰囲気に危険なものを感じています。
白山通りや明大通りのことはよく分かりませんが、神田警察通りに関しては大いに異論ありです。
イチョウ並木路面のひび割れ
神田警察通りは、皇居の内堀に最接近する日本橋川に架かる雉子橋(きじばし)から神田駅北口付近までの東西に延びる約1.3kmの通り。その沿道は江戸時代に原型が造られたと云われる広い通りで、4車線もあるのになぜか神田駅方面に向かっての一方通行路。沿道には神田警察署や神田税務署という神田地区の重要拠点があるだけでなく、一橋方面には歴史的な建物や教育施設(学士会館・共立女子学園等)も存在。神田の名門の通りといってもよいと思います。
筆者はかつて神田税務署くらいまでしか用がなかったのですが、東京法務局が大手町の合同庁舎から九段に移転してから、法務局で会社謄本や印鑑証明書をとるため神田警察通りの共立学園側の歩道を通るようになりました。伐採問題で揺れている大イチョウ並木の側道です。通りで目に付いたのは歩道のひび割れです。20センチ以上盛り上がっているところもあります。

これは大木になりすぎたイチョウの木の根が歩道のアスファルトを持ち上げている現象です。街路樹の「根上がり」といわれます。車イスやベビーカーだけでなく、歩行者の通行にも支障をきたす段階まできていると思います。
この根上がりを解消する対策として、最近の技術ではパワーミックス(根系誘導耐圧基盤)工法というのがあるようです。簡単にいうと、地面が固いために横に伸びる根を斜め下方向に誘導する工法です。柔らかい特殊な土壌で根が伸びる隙間を造ります。
パワーミックス工法
横浜市道路局のHPより
しかし木が大きくなりすぎたため、パワーミックスの範囲を大きく取らなければならず、現在の街路樹の間隔でそれが実現できるか疑問です。各街路樹の根が絡まりあう怖れもあります。
神田警察通りイチョウ並木の変遷
イチョウの木は成長が速く、生育環境にもよりますが1年で大体30センチ以上伸びるといわれています。この街路樹が植えられたのが90年以上も前。関東大震災(1923年・大正12年)の後、震災からの復興を願って植えられたといわれています。単純に計算しますと、30cm×90年=27メートルということになります。実際は何メートルあるか正確に分かりませんが、5階建ての建物の頂上は超えているようです。幹の周りも手で測ったところ、3メートルは超えているものもありました。この木の成長を航空写真から時の流れで見てみます。
昭和22年(1947年)
この辺りは東京大空襲(昭和19年)当時、米軍が戦略的に空爆しなかったので街路樹はそのまま残っています。植えられてから約22~3年後です。
昭和38年(1963年)
東京オリンピック(1964年)の前年。植えられてから約40年後です。写真が真上でなくやや北側から取られていますので、共立学園側の街路樹は建物に隠れていますが、道路の反対側の街路樹を見るとかなりのボリュームになっています。
平成28年(2016年)?
最新のグーグルアースでみてみると、夏はこのようなボリュームになり、鬱蒼として側道に日が当たりません。植えられてから約92年後、根上がりで路面が凸凹となり歩行に危険な状態になることを植栽当時は予想できなかったのではないでしょうか。
神田警察通り街路樹伐採の時期
伐採反対派の人たちはこのイチョウ並木をいつまで維持することを望んでいるのでしょうか。維持すればするほど歩行者への危険は亢進します。たしかに歴史と伝統を感じる見事な並木道で、伐採されるのは惜しいと思いますが、多くの人が日常利用する公共の道路上の街路樹が危険を生んでいることを思えば、いつかは伐採の止むなきに至ることは明らかです。公園にある木とは違います。
ビルの8階まで届く神田児童公園の巨木 いつまでも残したい 12月14日撮影
ではいつ切るか、「今でしょ」という少し古くなった流行語でオチをつける気はありませんが、2020年の東京オリンピックを機会に神田警察通りの街路樹がリニューアルされることを期待したいと思います。街路樹の整備とオリンピックは直接関係ありませんが、大きなイベントの機会に街が整備されることはよくあることです。
上の昭和38年(1963年)の航空写真のエリアを少し広げてみると、神田警察通りにはいま伐採が取り沙汰される場所以外に街路樹が全く見当たらないことに気がつきます。
一橋交差点から東側にある現在のイチョウ並木は昭和39年の東京オリンピックに向けて植えられたと思われます。都心の他の地域の街路樹も関東大震災の復興を祈願して植樹された木を除き同様だと思います。東京オリンピックの機会に東京の街は豊かな緑に包まれ一変しました。
街路樹伐採後の景観
一橋付近の街路樹が伐採された後にも、神田警察通り整備計画によって別の街路樹が植えられることになっています。 下は道路公園課の標識に掲げられているイメージ図
街路樹を何年くらいの周期で変えるべきかは一概にはいえませんが、快適な都市というシステムの中で街路樹の世代交代・新陳代謝は必要でしょう。千代田区 道路公園課の広報活動が足りないような気がします。事態の深刻さを考え「不如意」という諦観で反対派のこぶしが降ろされること期待しています。
※昭和22年、昭和38年の航空写真はgooの地図から引用しました。