内神田の銭湯

2015年 06月04日

  内神田の銭湯  昭和43年(1968年)に2687軒あった東京都の銭湯の数は、平成26年度4月末現在で698軒と約4分の1に減少しています(東京都のHPより)。千代田区に限れば昭和43年の32軒から平成26年4月末には4軒と8分の1に激減。
 減少の主因は自家風呂保有率が高まり住民の生活環境が変わったことにあるようです。5年ごとに行われる総務省の「住宅・土地統計調査」によると昭和43年の自家風呂保有率は42.2%ですが、現在は100%近いといわれています。

  地方から出てきた都内に住む学生さんもほとんどワンルームマンションか風呂付アパート。かぐや姫の「神田川」という歌が流行った頃に学生生活を過ごした筆者の時代には(歳がばれます)、4畳半・和式の共同トイレ・風呂なしのモルタルアパートが学生の住まいのスタンダードでした。隔世の感があります。
 このような住民の生活環境の変化により銭湯が産業として衰退し、事業者が減少していくのは時代の流れで仕方のないことかも知れません。しかし公衆浴場としての銭湯には、自家風呂を持たない人の健康保持や地域の人の憩いの場という社会的な役割があります。そのため需要が減っても経営していけるように補助金、水道料、税金面でかなりの優遇措置があるようです。この点について批判もあるようですが、当欄では突っ込みません。
 ただ優遇措置があるとはいえ、銭湯が経営環境の変化にもかかわらず生き残るためには、それなりの営業努力と社会的ニーズが必要です。

  フォーラムミカサ エコから300メートル足らずの処に「稲荷湯」という銭湯があります。会場前の外堀通りを大手町方面に進み、鎌倉橋交差点の手前の脇道を右に入ったところの角にあるビルのお風呂屋さんです。江戸に移動してきた徳川家康がこの付近で宿をとったことを記念して祀られたという「御宿稲荷(おやどいなり)」が近くにあり、ここから名づけられたものと思います。
御宿稲荷神社 17、8年前はこの銭湯によく出かけましたが、長い間行っていなかったのでその存在をすっかり忘れていました。先日の夕方に稲荷湯の前を通りかかると銭湯向いの内神田尾嶋公園にランニングウェアの若者が14、5名いて、準備体操やストレッチをしていました。皇居の周回コースを走るランナーの人たちでした。
 会社の帰りに銭湯で着替え、ロッカーに荷物を預けて走りに行き、走った後に風呂に入って帰宅の途につくというのが彼らの銭湯の利用方法のようです。稲荷湯の方でも当然承知で、入口にはランナーの人たちへの注意書きもあります。
注意書き このような銭湯に利用の仕方は、皇居の周回コースの半蔵門近くにある「バン・ドゥーシュ」という小さな銭湯が始まりで皇居ランナーの間では有名だそうですが、稲荷湯もそれに負けず、皇居に比較的近いのでいまや皇居ランナーズの聖地といわれているそうです。近所の人に話を聞くと、「ノー残業デー」の水曜日には銭湯の入口に列ができることもあるようです。
 生活環境の変化で盛況でなくなった銭湯でも、場所によってはトレンディーで活況のところもあるのですね。
バン・ドゥーシュ 毎年東京マラソンでは3万人ランナーが都心を走ります。抽選に漏れたランナーもこの数倍います。皇居ランニングもいまやブームといえると思います。そこで事業をしている人間の直感! 銭湯でなくても皇居ランナーのニーズを満たす事業を展開すれば儲かるのではないか・・・と思ったら、すでに実践されていました。(笑)やっぱり、ねえ~。フォーラムミカサ エコの出る幕ではありません。
 「ランニングステーション」という民間施設です。都心の各地にあり、かなり安い料金でシャワー設備、シューズやウェアのレンタル、マッサージ等何でもやっているようです。
 稲荷湯のすぐ近く御宿稲荷神社も向かいにも「ラフィネ」というランニングステーションがありました。「バスタオル・シューズ・Tシャツ・ハーフパンツ」という一括のレンタルで550円。「手ぶらセット」という名前がついていました。ラフィネからカラフルな今風のスポーツウェアに身を包んだ男女の若者が次々と出てきます。かなりの人気のようです。
ラフィネ 気になるのはラフィネと稲荷湯の関係ですが、好みによりそれぞれのファンがいて上手な棲み分けが出来ているように思います。というよりも、皇居ランナーの数が多いので、両者相俟って内神田のこのあたりがランナーの聖地化しているといった方が良いかもしれません。

  筆者は家庭の狭い風呂には満足できず、天井の高い銭湯の広々とした湯槽に浸かりたいので、いまでも自宅近くの銭湯、スーパー銭湯にときどき出かけます。銭湯派です。

  冒頭に千代田区の銭湯は4軒と書きましたが、麹町のバン・ドゥーシュ以外の残りの3軒は全て神田地区にあります。稲荷湯(内神田)、梅の湯(神田神保町)、於玉湯(おたまゆ 岩本町)。千代田区唯一のスーパー銭湯「神田アクアハウス 江戸遊」も神田淡路町にあります。すべてフォーラムミカサ エコから徒歩圏内です。

  銭湯の壁には西伊豆や富士五湖とともに大きな富士山の絵が描かれますが、この発祥も古くから神田の猿楽町にあった「キカイ湯」(昭和46年営業終了)のようです。キカイ湯の主人が大正元年(1912年)に画家の川越広四郎氏に依頼して出来上がったペンキ画が話題・評判になって関東地方を中心に全国に広がったといわれています(Wikipedia 銭湯)。

            銭湯画
銭湯画
 銭湯は鎌倉時代からあるようですが、江戸の情緒が残る神田に似つかわしい文化遺産です。この地でまだまだ繁栄することを願っています。

           OFR48

       

    

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